大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)1602号 判決 1978年8月03日
原告 向井一
右訴訟代理人弁護士 宮井康雄
被告 国
右代表者法務大臣 瀬戸山三男
右指定代理人 辻井治
<ほか二名>
被告 日本国有鉄道
右代表者総裁 高木文雄
右訴訟代理人弁護士 森本寛美
右訴訟代理人 松田紀元
同 栗田徹郎
同 根本久
同 土屋比呂幾
同 鈴木寛
同 丹羽照彦
同 木村一美
同 平岡武夫
主文
一、原告の請求をいずれも棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
(昭和五一年(ワ)第一六〇二号事件)
1、被告らは各自原告に対し、五二七〇円と、これに対する昭和五一年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2、訴訟費用は被告らの負担とする。
3、仮執行宣言
(昭和五二年(ワ)第二三三八号事件)
1、被告らは各自原告に対し、五〇〇円と、これに対する昭和五二年五月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2、訴訟費用は被告らの負担とする。
3、仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
1、主文同旨
2、仮執行免脱宣言
第二、当事者の主張
一、請求原因
1、原告は肩書住居地に居住し、神戸市東灘区魚崎北町一丁目六番一八号所在の電機会社に勤務する者であるが、右会社へ通勤するため通常次の経路の交通機関を利用している。
往路は、京阪電気鉄道株式会社の経営する京阪電車を利用して交野駅から京橋駅まで行き、次いで被告日本国有鉄道(以下被告国鉄という)の国鉄京橋駅で大阪環状線の列車に乗り換えて大阪駅まで至り、そこで被告国鉄の東海道線の列車に乗り換えて住吉駅で下車する。復路は右往路とは逆のコースをとって帰宅する。
2、国労、動労のスト
(1) ところが、昭和五一年三月三〇日、被告国鉄従業員により組織されている国鉄労働組合、国鉄動力車労働組合(以下国労、動労という)が、春闘共闘委員会第二波統一ストの一環として私鉄総連等とともにストライキを行なった結果、被告国鉄は大阪環状線、東海道線の各列車の運行を休止した(昭和五一年(ワ)第一六〇二号。以下「五一年スト」という)。
(2) 国労、動労はさらに昭和五二年四月二〇日、公労協統一ストの一環としてストライキを行ない、その結果、被告国鉄は大阪環状線、国電の各列車を全面的に運休した(昭和五二年(ワ)第二三三八号。以下「五二年スト」という)。
3、原告は、右列車運休のためやむなく、右の各当日、通常の通勤経路を次のとおり変更した。
(1) 五一年ストについて
往路は、自宅から乗用自動車をチャーターして勤務先の電機会社に出勤し、復路は、阪神電気鉄道株式会社の経営する阪神電車で青木駅から梅田駅まで行き、そこで大阪市営地下鉄御堂筋線(以下地下鉄という)に乗り換えて淀屋橋駅に至り、さらに京阪電車淀屋橋駅で乗り換え、交野駅で下車した。
(2) 五二年ストについて
往路は、京阪電車で交野駅から淀屋橋駅まで行き、徒歩で同所から阪神電鉄梅田駅に至り、阪神電車に乗って青木駅で下車するというコースをたどり、復路は、阪神電車で青木駅から梅田駅まで行き、そこで地下鉄御堂筋線に乗り換えて淀屋橋駅に至り、さらに京阪電車淀屋橋駅で乗り換え交野駅で下車した。
4、損害
原告は、右通勤経路の変更により以下の金額の出費を余儀なくされ、同額の損害を受けた。
(1) 五一年スト 五二七〇円
往路について、原告は、自宅より勤務先までの乗用自動車のチャーター料八〇〇〇円を運転手森満三に支払ったが、右チャーター料を、原告の通常の通勤経路のうち被告国鉄利用部分(国鉄京橋駅から住吉駅まで)の割合で按合すると、五〇〇〇円である。復路については次のとおりである。
阪神電鉄青木駅から梅田駅までの間 片道一四〇円
京阪電鉄淀屋橋駅から京橋駅までの間 片道六〇円
地下鉄梅田駅から淀屋橋駅までの間 片道七〇円
(2) 五二年スト 五〇〇円
京阪電鉄京橋駅から淀屋橋駅までの間 往復一二〇円
地下鉄梅田駅から淀屋橋駅までの間 片道八〇円
阪神電鉄梅田駅から青木駅までの間 往復三〇〇円
5、被告らの責任
(一) 被告国鉄
(1) 原告は、前記通勤のため、五一年ストについては昭和五〇年一二月一一日、五二年ストについては昭和五二年四月六日それぞれ京阪電鉄交野駅から被告国鉄東海道線住吉駅までの区間の京阪電車・国鉄連絡通勤定期券(うち被告国鉄の列車を利用するのは京橋駅から住吉駅まで。有効期間は、前者は昭和五〇年一二月一一日から翌五一年六月一〇日まで、後者は昭和五二年四月七日から五月六日まで)を購入し、被告国鉄との間で右有効期間中の継続的旅客運送契約を締結した。
(2) 被告国鉄は、右の運送契約上の債務があるにもかかわらず前記各ストの日これを履行せず、原告に前記4(1)(2)の各損害を与えた。
(一) 被告国
(1) 五一年ストについて、春闘共闘委員会は、ストに先立ち同年三月二三日ころから二九日まで雇用保障、社会保障、最低賃金制、反インフレ、労働基本権の確立等のいわゆる制度要求を掲げて対政府交渉をしていた。被告国(政府)は、憲法上の人権保障(一一条、一三条、二五条、二八条)の趣旨に鑑み右制度要求を最大限尊重し、実現への具体策を策定すべきであるのに、右要求に対し何ら誠意ある回答をせず、その結果本件五一年ストを誘発させた。国の公権力の行使にあたる内閣総理大臣、大蔵、労働、厚生、自治各大臣は、その職務を行うにつき、制度要求を拒否すればストの誘発されることを知りまたは知りうべきであったのに、漫然右要求を拒否し、よって原告に前記4(1)(2)の各損害を与えたのであるから、被告国に国家賠償法一条一項の責任があることは明らかである。
(2) 被告国が右制度要求を拒否したことは同時に不法行為にも該当するので、被告国は不法行為責任を負うものである。
(3) 被告国鉄は公法上の法人とされているが、資本金の政府全額出資、内閣による総裁の任命、運輸大臣による監査委員の任命・副総裁と理事の認可、予算・決算の閣議決定と国会提出、特別会計等の日本国有鉄道法の諸規定に照らすと、被告国鉄の実態は被告国の経営にかかるものと観念して差し支えなく、この点からすると、前記被告国鉄の責任で述べたとおり、被告国自体も、直接原告に対して運送契約上の債務不履行責任を負うものである。
6、よって、原告は被告らに対し、右五一年ストによる損害金五二七〇円および五二年ストによる損害金五〇〇円と、五二七〇円に対する被告らへの訴状送達の翌日である昭和五一年五月一五日から支払ずみまで、五〇〇円に対する被告らへの訴状送達の翌日である昭和五二年五月一七日から支払ずみまで、それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1、被告国鉄
(1) 請求原因1は不知。
(2) 同2は認める。
(3) 同3、4は不知。
(4) 同5(一)(1)のうち、原告が五一年ストにつき京阪電車・国鉄連絡通勤定期券(京阪電鉄交野駅、国鉄住吉駅間)を購入していることは認めるが、その余については(五二年ストに関する右定期券購入の点の認否留保)、不知。(2)は不知。
(5) 同6は争う。
2、被告国
(1) 請求原因1は不知。
(2) 同2(1)のうち、原告主張の日、国労と動労のストのため被告国鉄の列車が運転休止となったことは認めるが、その余は不知。
(3) 同3、4は不知。
(4) 同5(二)のうち、本件五一年ストが国民生活に多大の影響を与えたことは認めるが、その余は争う。
(5) 同6は争う。
三、被告国鉄の抗弁
1、被告国鉄が本件各ストにより原告に対する継続的旅客運送契約上の債務を履行できなかったことは、被告国鉄の「責に帰すべからざる事由」によるから、被告国鉄には責任がない。
民法四一五条にいう、いわゆる債務者の帰責事由がない場合には、債務不履行責任がないことは明らかであるが、右の「債務者の責に帰すべからざる事由」にあたるとするためには、不履行をもたらした当該事実がもっぱら債務者側の事情より生じたものでないこと(外部帰因性)、および債務者が不履行の発生を防止できる地位にないこと(防止不可能性)の二要件を必要とすると解されるところ、被告国鉄は、原告に対する旅客運送契約不履行について右各要件をいずれも具備している。
まず外部帰因性についてであるが、一般に団体交渉は、使用者側と労働者側が労働条件を自主的に解決するために認められた制度であるから、使用者側が団体交渉において労働者側の要求を拒絶する自由を有していることは明らかであり、労働者側の要求を拒絶したために争議行為がなされたとしても、これに対しては使用者の指揮命令権は及びえず、結局外部的現象にほかならない。たとえば本件五一年ストは、一九七六年春闘共闘委員会が政府に対して減税、福祉年金、最低賃金制、雇用確保の要求を認めさせることを目的として行なわれた、いわゆる政治ストであって、これらの問題は、被告国鉄が、春闘共闘委員会の決定に参画している国労、動労と団体交渉をすることによって自主的に解決できる性質のものではなく、この点からも債務不履行をもたらした本件ストは被告国鉄側の事情より生じたものということはできない。
次に防止不可能性についてであるが、本件五一年ストについていうと、大幅賃上げのほか国民諸要求たとえば減税、年金改善、最低賃金制等の制度要求を中心として行なわれたもので、その解決は政府の処置にまつほかなく、被告国鉄としてはこれを解決する権限も能力も有しないものである。しかし、被告国鉄は本件ストをただ手を拱いて傍観していたわけではなく、本件ストを回避するために総裁みずから国労、動労の各委員長に対し再三文書でストライキの中止を申入れ、警告する等スト回避の努力を試みたが、本件ストを回避することができなかった。
五二年ストについても事情は全く同様である。
2、本件各ストによる列車の運行休止に関して、原告は被告国鉄に対し、有効期間の一日延長、往復有効の乗車券一枚交付あるいは定期旅客運賃一日分払い戻しのいずれかを請求することができるが、他の運輸機関を利用したことによる出費額を損害賠償として請求することはできない。
被告国鉄は、自己の経営する鉄道等と他の運輸機関の経営する鉄道等との間の旅客、貨物等の連絡運輸に関する運送条件について、連絡運輸規則を定め、昭和三三年九月二四日公示第三三一号をもって官報に公告しているが、右規則は、被告国鉄が連絡運輸契約を締結する場合の権利義務を定型的に定めた、いわゆる普通取引約款としての運送約款の性質を有するものである。したがって右規則の条項は、原、被告間で締結された旅客運送契約の内容となり、原告が具体的に右運送約款を認識していたと否とを問わず、原、被告双方を拘束することとなるのである。右規則七九条は、本件各ストのような運行休止の場合の旅客の措置について、被告国鉄の定める旅客営業規則(昭和三三年九月二四日公示第三二五号)の二八八条を準用しているが、右二八八条によると、列車等が運行休止のため引続き五日以上定期乗車券を使用できなくなったときに限り、旅客は、その乗車券を駅に差し出して相当日数の有効期間の延長または旅客運賃の払い戻しを請求することができる旨規定している。右規定は、列車等が運行を休止した場合には、その原因が被告国鉄の責に帰すべきものであるか否かを問わず、旅客の方で一律に有効期間の延長または旅客運賃の払い戻しを請求しうることとする反面、仮に旅客がそれ以上の損害を受けた場合でも、被告国鉄はその損害を賠償すべき義務を負うことはない旨の、いわゆる免責約款の趣旨を包含するものであると解せられるが、本件各ストのように一日だけの列車運行休止の場合には特別の規定がないから、被告国鉄は原告に対して何らの義務も負わないことは契約法上明らかである。
しかし被告国鉄は、社会的公平の見地から旅客の利益保護のための特別措置として、有効期間一日延長、往復有効の乗車券一枚交付または定期旅客運賃一日分払い戻しという新たな運送条件を設定し、昭和五一年三月三一日この旨を各駅頭に掲示したので、旅客は右特別措置に基づく請求権をも有することとなった。この措置によって、原告は、右のうちいずれかを選択して被告国鉄に請求することができたのである。
四、抗弁に対する認否
1、抗弁1は争う。本件各ストによる列車運行休止について、被告国鉄は、「責に帰すべからざる事由」の構成要件としての外部帰因性と防止不可能性のいずれをも充足するものではない。
まず外部帰因性について、本件各ストは被告国鉄の履行補助者である国労、動労の組合員によって行なわれたものであるから、被告国鉄の列車運行中止は第三者である債権者との関係においては、まさに債務者側の事情より生じた債務不履行であるというべきである。
次に防止不可能性について、ストライキは経営上の問題や労務管理の貧困と前近代性に基づいて発生する人為的なものであり、防止不可能なものとはいえないから、列車の運行中止による債務不履行について、被告国鉄の主張する防止不可能性の要件も備えていない。
2、抗弁2は争う。
被告国鉄が一方的に制定する連絡運輸規則、旅客営業規則は、被告国鉄内部の業務遂行上の準則を定めたものにすぎず、運送約款たる性質を有するものではない。右各規則が約款の性質を有じ、これが契約当事者を拘束するためには、国家の法令と同じく公示され、認識可能の状態に置かれなければならない。もしも右各規則が客観的法規範として妥当するものであるならば、契約当事者双方の平等に規律するものであって、被告国鉄が一方的にこれを変更することはできないはずであるのに、被告国鉄は本件ストにおいて右各規則に定めのない特別措置をとっている。また右各規則は、被告国鉄の業務が全体として正常に運営されている場合に、ある特定の列車または区間につき、天災等の物理的要因により正常な列車の運行ができない場合の措置を定め、かような場合にのみ適用されるのであって、本件各ストのような人為的要因による列車の全面的運行休止の場合には適用がないと解すべきである。
第三、証拠《省略》
理由
一、被告国鉄に対する請求について
1、請求原因2の事実、および同5(一)(1)のうち、原告が五一年ストにつき京阪電車・国鉄連絡通勤定期券(京阪電鉄交野駅、国鉄住吉駅間)を購入していたことは、原告と被告国鉄の間で争いがなく、同5(一)(1)のうち、原告が五二年ストにつき右同様の定期券を購入していたことは、被告国鉄の明らかに争わないところであるから自白したものとみなし、前記争いのない事実および《証拠省略》によれば、被告国鉄が原告主張の昭和五一年ストおよび昭和五二年ストを行って列車の運行を休止し、そのため原告は私鉄や車の利用を余儀なくされ、損害を蒙ったことが認められる。右認定の事実によれば、被告国鉄は、原告に対する旅客運送契約上の債務不履行によって原告に損害を与えたことは明らかである。
2、そこで抗弁2について判断する。
《証拠省略》によると、被告国鉄は、自己のなす族客運送に関して定型的、画一的処理をするために旅客営業規則を制定し、また被告国鉄と連絡運輸をする会社との間で連絡運輸契約を締結し、右連絡運輸の能率的、合理的な取扱のために連絡運輸規則を制定しているが、右各規則制定にあたっては事前に運輸省に報告され、昭和三三年九月二四日、それぞれ公示第三二五号、第三三一号で官報に掲載されるとともに、連絡運輸の取扱をする被告国鉄の駅等に右各規則を備え付けて一般の閲覧に供しうる状態においていることが認められる。そして被告国鉄が旅客、貨物の運送等についてきわめて多数の者との間で無数の契約を締結していることは公知の事実であるうえ、一般に被告国鉄のような大量輸送機関たる運送業者に旅客、貨物の運送等を委託する者は、右業者の定めた運送約款によって取引する意思を有するのが通例であり、かつ本件では右各規則が公示されているのであるから、その記載内容をも考慮すると、本件各規則は、単に被告国鉄内部の事務遂行上の準則にとどまらず、いわゆる普通取引約款の一種に属するものと解するのが相当である。したがってとくに当事者が右約款に従わない旨の特約をしない限り、たとい約款内容を具体的に了知しなくとも、各当事者は右約款による意思をもって契約したものと推定するのが相当であり、原告が前記各規則によらないとの特約をしたことについて主張、立証のない本件においては、結局原告は右約款の拘束力を受けるものといわなければならない。
ところで、普通取引約款の各条項も無条件に有効とされるものではなく、強行法規に違反しあるいは企業の独占的地位の擁護に偏して公序良俗に反するような場合にはその効力は否定されるものであって、その内容は合理的に解釈されるべきであるが、《証拠省略》によると、右連絡運輸規則は、列車の運行休止の場合の措置として七九条で旅客営業規則二八八条を準用しているが、右二八八条によると、定期乗車券による旅客は、列車が運行休止のため引き続き五日以上その乗車券を使用できなくなったときに限り、その乗車券を駅に差し出して相当日数の期間の延長又は所定の金額の払い戻しを請求することができる旨規定していることが認められる。右二八八条にいう「列車等の運行休止」とは、列車の運行不能、遅延等の場合の取扱方を定めた旅客営業規則二八二条の規定をもあわせ考慮すると、必ずしも原告の主張するように単に特定の列車または区間につき天災等の物理的要因により正常な列車の運行ができない場合に限定すべき根拠はなく、本件ストのような人為的要因による全面的運行休止の場合をも含む趣旨であると解するのが相当であり、従って本件各ストについて右二八八条の適用がないとすることはできない。
右規定は、列車等の運行休止によって多数の定期乗車券による旅客らの受ける多様の不利益、損害について、個別的に損害の填補を図るとすれば、公共運輸機関たる被告国鉄の事業運営が著しく阻害され、運賃等の高騰を招き、ひいては列車利用者の負担増加となることが容易に予想されるところから、公共運輸機関たる被告国鉄の事業運営の必要上、引き続き五日以上の運行休止が生じたときに、運行休止の原因のいかんを問うことなく、被告国鉄が定期乗車券を使用する旅客に対し、有効期間の延長または旅客運賃の払い戻しをなすべき義務を負担することを規定するとともに、それ以外には何らの義務をも負担しないとの免責約款たる性質を有するものと解するのが相当である。そして右二八八条の規定は旅客側で個別の損害の立証を要しないで前記のような取扱を受けられることをも考慮すれば、必ずしも利用者を不当に不利益にするものとはいえない。もっとも、本件ストのように一日だけの列車運行休止の場合には右各規則上は特別の規定がないから、被告国鉄は、前記有効期間の延長または旅客運賃の払い戻し等の措置を含め何らの義務も負担しないこととなるが、前掲の事情に照らすと、いまだ被告国鉄の独占的地位の擁護に偏して原告に不当に不利益を与えるものとは解されず、本件全証拠によるも、公序良俗、信義則違反等、その効力を否定すべき事由は認められない。
もっとも普通取引約款は、事業運営上の取引の諸条件を規整するものであるから、事業者側の責に帰すべき恣意の運休が通常取引の枠外のこととして、右約款による免責の効力を受けないことも考えられないではなく、このような稀有の事態について原告側の主張、立証が尽されるならば右約款の不適用も考慮しなければならないが本件運休が国鉄従業員側のストにもとづき、五一年ストは政治的目的を掲げて、決行されたことは両当事者間に争いがなく、右運休が国鉄側の恣意にもとづくことについての原告側の主張、立証が尽されたとは到底いえない本件においては、免責約款の不適用を論議する余地はない。
なお、《証拠省略》によれば、被告国鉄は、本件五一年ストによる列車運行中止について、旅客営業規則二八八条に定める取扱のほか、特別措置として、定期乗車券による旅客は有効期間の一日延長、往復有効の乗車券一枚交付または定期旅客運賃一日分払い戻しを請求できる旨定め、昭和五一年三月三一日この旨を各駅頭に掲示したことを認めることができるが、被告国鉄が右措置をとったことは既存の運送約款の恣意的変更ではなく、むしろ約款に定めがない事項につき、原告ら列車利用者の利益を図るためのものであり、列車利用者の権利を制限するものではないから、被告国鉄の意思表示のみによってこれをなすことができるものと解すべく、前記各規則が運送約款たる性質を有することと何ら矛盾するものではない。
そうすると、本件各ストによる列車運行休止に関し、原告は被告国鉄に対し、他の運輸機関を利用したために生じた費用の賠償を請求することはできないものというべく、抗弁2は理由がある。
二、被告国に対する請求について
請求原因2(1)のうち、原告主張の日、国労と動労のストのため被告国鉄の列車が運転休止となったこと、同5(二)のうち本件五一年ストが国民生活に多大の影響を与えたことは、原告と被告国の間で争いがなく、《証拠省略》によれば、同1、2(2)、3、4および5(二)のうち、春闘共闘委員会が、五一年ストに先立ち同年三月二三日から二九日まで雇用保障、社会保障、最低賃金制、反インフレ、労働基本権の確立等のいわゆる制度要求を掲げて対政府交渉をしたが、政府は右の要求を認める回答をしなかったことが認められる。
しかしながら、本件全証拠によるも、内閣総理大臣、大蔵、労働、厚生、自治各大臣がその職務を行うにつき故意または過失によって本件各ストを惹起させたことを認めるに足りる証拠はなく、この点に関する原告の請求は理由がない。また同様に、内閣総理大臣らに不法行為法上の故意または過失を認めることもできない。
次に、本件全証拠によるも、被告国が実質的に被告国鉄を経営し、被告国自体も直接原告に対して旅客運送契約上の義務を負っていたことを認めるに足りる証拠は存在しないうえ、前判示のとおり、被告国鉄は原告に対して運送契約上の債務不履行責任を負わないのであるから、いずれにしても、原告の請求は理由がない。
三、以上の次第であるから、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないので棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡村旦 裁判官 将積良子 古川順一)